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WETな備忘録

できなかったときの自分を忘れないように

セルフ厨二ングはじめました

就職を目前にした僕は、

今感じることを、ちゃんと残しておこうと思う。

 

ついこの間まで塾の先生をしていた。

そこで大事にしてほしいと思っていたことが

「できなかった頃のことを忘れない」

ということだ。

 

たとえば、

自転車に乗れるようになって、

ぼくらは自転車に乗れなかった頃のことをすっかり忘れた。

自転車に乗れなかった頃、

あんなにも練習が嫌だったことや、転んだ痛さや、

「こんな不安定な乗り物が安定して自走する意味が分からない」

というように感じていた理不尽さのことを、

ぼくらはすっかり忘れた。

 

あたりまえのように自転車を乗りこなしている。

 

あたりまえのように色々なことが出来るようになった。

多分その都度色々なことを感じていたはずなのに、

それも忘れてしまった。

 

できなかった頃のことを忘れないようにしようと思った理由は

ふたつある。

 

ひとつは、

「いつの間にか色々できるようになった僕ら」は

「できるようになっていった」はずなのに

「もとからできていた」と勘違いしがちだ。

そのように勘違いした結果、何が起こるかというと、

“今の自分にできないことは、できっこない”

と勘違いする。

5年前の自分はあんなにも未熟だった事実を忘れ、

5年後の自分から見たら今の自分はこんなにも未熟であることに気付かない。

「ひとつひとつ不可能を可能にしてきた自分史」を忘れ、

今の自分を完熟と思うようになる。

「自分は変わらない、変われない、変わらなくてよい」

と信じるようになる。

だからぼくは、

「今だって、自転車にのれてないようなものだ」と心に留めたい。

 

もうひとつは、

中二病」だ。

自分が今熱烈に「やりたい!」と思っていること

「なりたい!」と思っている人物像が、

一体全体これからどういう圧力を受けて、

これからどういう妥協を経験して、

どういう打算を経て、

歪んで、

埋没して、

忘れられていくのか、

それを記録したい。

今だからこそ持てる青い感情を、

3年後5年後10年後の自分は、

一体どのような冷たい目で見ているのだろうか。

自転車が乗れなかったからこそ感じていた、

あの頃のあの青い感情

今では笑ってしまうような、彼のあの屁理屈や、

今ではもう許されない、あのストレートな拒否反応や、

今ではもう二度と味わえない、初めて乗れたときのあの感動を、

僕は忘れずに書き留めておきたい。

 

そして、それを嘲笑するような人間になりたくない。

“厨二” と揶揄したくはない。

 

 

そんなこんなで、

僕は、今感じることをちゃんと残しておこうと思う。