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WETな備忘録

できなかったときの自分を忘れないように

自分の弱さと対峙するなんて馬鹿げてるんじゃないか、という今年の抱負

今年の抱負的なエントリを書かなきゃならんだろうなーと思い思いもう4日になってしまった。できれば三が日内に書きたかったのだが、今日は仕事初めだし、まあ今日でも許容レベルかな、と思う。

 

ストレス、それも自分起因のストレス

突然だが、最近僕がよくストレスを感じる。それも「他人起因」ではなく、「自分起因のストレス」だ。自分起因のストレスとは何かというと例えば・・・

  • 「読もうと思ってAmazonでポチった本が、積まれたままで一向に減らない」
  • 「ダイエットしようとあんなに強く決意したのに、今日もたくさん食べてしまった」
  • 「早く退勤して勉強しようと思ってたのに、まただらだら残業してしまった」
  • 「一年の抱負を三が日以内に書こうと思っていたのに、4日になってしまった」
  •  etc...

といった事柄によって生まれるストレスだ。「自己嫌悪」と言っても構わないと思う。

 

「自己嫌悪」にも似た「自分起因のストレス」はタチが悪い。なぜなら「逃げられない」からだ。

「他人起因のストレス」は、ストレス源から物理的に逃避したり、「まーしょーがないよねー世の中いろんな人いるしさー」と思ってコーヒーでも飲めば収まるんだが、「自分起因のストレス」は逃げられない。

耳鳴りのように24時間7日間自分の頭の片隅にあって、24時間7日間、自分の頭の片隅から自分を責めているような声が聞こえたりする。(あれ、これって俺、病気かな?)

 

今年はこのストレスを処理したいので!

今年はこのストレスを上手い事処理して、ストレス無き一年にしたいので、

「うーんどうすればこの類いのストレスから自由になれるのかなー・・・」と頭をひねらせた結果、あるウェブアプリを作ることにした。

その名も、

「秘書たん」

である。ツイッターボットなのだが。

f:id:otiai10:20130105011027p:plain(cv 山本希望)

秘書たんは僕専用の秘書たんであり、秘書として働いてくれる。僕が「お金おろすの覚えておいて」と@でリプライしたら、

「 ok, 覚えておきますね!」

と言ってくれる。

時間になったら定時になったら@リプライを返してリマインドしてくれて、

それ終わって「--done  お金おろす」とか言うと、

「 おつかれさま! お金をおろす、片付けておきますね!」

と労ってくれる!

 

かわいい。

 

ところがそれを聞いた姉は

まー正月なので実家に帰ったりしますよ。実家に帰ったついでに姉にこの類いのストレスのことと、その解決のためにツイッターボットを作ったんだよねー、ということを話してみたら、意外や意外、「それはいかがなものか」と苦言を呈されてちょっと驚いた。

姉の主張はこうだ。

「たとえば読もうと思って本を買うのはよし。読みたい本なのだから。それを読めないで積んでおくと、ストレスを感じるのもいたしかたなし。ただし、それは自分自身でその弱さと真っ向に対峙しなければならないのではないのだろうか。アプリなどを使ってそのハードルを下げるのではなく。そのような弱さ自ら対峙して克服することによって、自分の意思力を鍛えるべきなのではないだろうか。そうして本を読める人間になるべきだ。そんなアプリが世に蔓延してしまったら、意思の弱い人間が増えるのではないだろうか」

だいたいこんな感じ。

 

僕は驚いた。姉の主張もそんなに悪くないと感じたからだ。

「なんだろこれ?」と思った。どうすんのがストレスとの正しい態度なんだろか・・・。

これはいったいどういうことか、と相談してみた

これはいったいどういうこと現象なのかよく分んなくなった僕は、主に二人のひとに相談してみた。

一人は年末とか何か特別な事がないと滅多に会わない小学校の友達。

一人は入社来いろいろ面倒みていただいてる会社の先輩。

 

「これこれこういう事があったんスけど、どう解釈すればいいんでしょうかねー」と。

 

そうすっと、なかなか納得いく回答が得られたので以下にまとめたいと思う。

 

その1.「結果が大事」である

「なるほど、状況は分った。それで君は『読むと決めた本を読める強靭な精神力の持ち主になりたい』のか?それとも『読みたい本を読みたい』のか?どっちなんだい?」

 

いやいや、おっしゃりたい通りです。後者ですわ。本を読みたいんですわ。

本を読めさえすればいいんですよ。今後永遠に、「読みたい本を読めればいい」のです。

つまりは、

「自分の意思の弱さと対峙して、それを克服し、そうして獲得した強靭なる意思力を以て本を読破」しようが、

「秘書たんに優しくリマインドされて読んじゃう」だろうが、

結局大事なのは「本の内容を読む」ことだからね。

別にいんじゃね。そんな常に筋トレするみたいな態度じゃなくて、ねぇ奥さん。

 

その2.「『秘書たん』とはそれもひとつの克服の形」である

「でもさー、秘書たんって、それ自分でつくったんでしょ?それはそれでよくやったよね。しかも、克服のために秘書たんを作るしかない&使うしかないと思って使っているわけでしょ?それは、自分の弱さと向き合っている、とは言わないのかなー?」

 

いやいや、おっしゃる通りです。秘書たんつくるの結構たのしかったしんどかったですよー、いやー僕はよくやったよ。

 

たとえば「禁煙したい」と思って、

「ニコレットには頼るまい!」と頑に拒否ってるひとがいつまでたっても禁煙を始めれなくて、それは強靭な意思力なのだろうか。

一方、「これはニコレットに頼る他無い!」と折れて、しかし、禁煙を始めれた人の意思力は弱いのだろうか。

 

多分後者の方が絶対に評価されるべき意思力を持ってるのだと思うのだよね。「積極的な逃避」というか「生産的な妥協」というか。

まー本質的にはその1と全く同じところなんだろうけど。

 

そんなこんなで今年の抱負

そんなこんなで改めまして今年の抱負は、

「自分起因のストレスを上手く処理して、ストレス無き一年を過ごす」である。

自分の精神衛生を犯すこのストレスを感じるくらいだったら、表面的だろうが、根本解決になってなかろうが、形骸化されていようが、何かを始める、やる。

そうやって、自分を責めることのないような一年にしたいんだなぁー(みつを風)