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WETな備忘録

できなかったときの自分を忘れないように

僕の就活で役に立った質問まとめ【どうしてこうなった】

「やりたいことやるべきだ」と、言いかけて僕は慌てて口を閉じた。

自分で自分の「やりたいこと」が分かっていれば、僕らはこんなに悩まなかったはずだった。

目次

  •  「それが分かれば苦労ねーよ」
  • 僕を助けた後ろ向きで生産的な問いかけ
  • ひとつめの質問
  • ふたつめの質問
  • みっつめの質問
  • どうしてこうなった

「それが分かれば苦労ねーよ」

 大学時代の部活の後輩と最近東京でよく会う。就職活動中なのだ。筋骨隆々の屈強な青年が、似合いもしないスーツを着て、慣れない東京に来る。そういえば僕も、就職活動中はとにかく不安で、いつもは絶対に聞きたくない先輩のくどい説教すらも、この時期にはたくさん聞いて、何かしらのきっかけを得たいと思っていた。彼らも、内側はそんな不安を抱えているのだろうか。

 

 僕が就職活動中に、やはり最も多く聞いた言葉が、冒頭の言葉だ。

 

「やりたいことをやるべきだ」という言葉は、最もシンプルで、判断の上で強力で、最も尊重されるべき判断軸だと思う。だからお偉い先輩方はこのお手軽で絶対正義なアドバイスをしてドヤ顔をするんですねわかります。しかし、就職活動中の(かつての僕らや)彼らに「やりたいことをやるべきだ」と投げかけるのは、虐待に近い暴力だと今では思う。

 

 思い出してほしい。

 他人と異なる選択をしようとすると、周囲が怪訝な顔をし始めるのはいつからだっただろうか。中学生?高校生?自分がやりたいことをやるのに適切な理由と許可を要求されるようになるのはいつからだっただろうか。高校生?大学生?

 

「個性を大事にしろ」と言われてすくすく育ったつもりが、いつかを境に、世界は手のひらを返す。それも突然に、無情に、他人の評価で自分の価値が規定されるようになる。これ以降「今やるべきこと」は常に自分より外側にあり、それを満たすことが「褒められること」だった。

 

 これだけでも残酷な話なのに、悲劇は続く。

 そうして出来上がった僕たちは、驚く事にもう一度手のひらを返される。世界は僕らを野に放って「さあ、やりたいことをやりなさい」と。

 

「やりたいことをやりなさい」だ?ふざけんじゃねえ。あれだけ丁寧に僕たちを去勢しといて、今さら「やりたいことをやりなさい」だなんて、冗談もほどほどにしてれ。

 

やりたいことなんて、とっくに忘れたってばよ・・・

 

僕を助けた後ろ向きで生産的な問いかけ

 そんな僕たちに「やりたいことをやるべきだ」とドヤ顔で諭すお兄さんおっさん達は「もう就職しちゃったもんね」という安全地帯からひたすら正論を投げつけ悦に浸ってるんだろうか。迷える子羊な僕たちはそんな言葉でも「ありがたやありがたや」と手帳にメモったりするから、これはもう双方同意のSMプレイとしか言いようが無い。

 

 僕たちが本当に直面している問題は「やりたいことをできない意思力の弱さ」ではないのだ。僕たちが本当に直面している問題は「これが本当に俺のやりたいことだと言い切れない自信の無さ」なのだ。

 そして、多くの人が「やりたいこと」を必死になって探すけれど、おそらく「やりたいこと」が見つからない原因は「やりたいことがはっきりしない」んじゃなくて「やりたくもないことが多すぎる」んだと思う。その辺を最後に詳しく書く。

 

 もちろん、巷には「やりたいことを見つける自己分析チャート!」みたいなものが溢れているが、あのチャートを埋めていけるほどの精神力が僕には無かった。あんなに前向きに「就職活動」に向かっていけるほど健康で成熟した人間ではなかったのだと思う。

 

 そんな僕が、最終的に「これが僕のやりたいことなのかなー」と思えるようになったのは、ある「後ろ向きな質問」に出会ったからだ。

 

 最近、僕は大学の後輩にこの質問に出会った経緯を話すことが多い。毎回前振りから話すのもめんどくさいので、ここにまとめて置けばいいと思った。

 

 これは、単に「僕を助けた質問」であって「あなたを助ける質問」ではないとも思った。

 

 

 

ひとつめの質問

では早速ひとつめ。

 

 

 「精神と時の部屋」を知らないひとはこちら。ちなみに、ネット可ね。持ち込みも可。重力は地球と同じね。

 つまりは「クサるほど時間があて、何も責任が無いなら、何に没頭しますか?」って話。

 今やってることって、案外「やるべきこと」とか「やらなきゃいけないこと」ばっかりじゃん。就活だってその一つで、そういうもの全部とっぱらった時に、何に時間を使うのが一番幸せなんだろうね。

 この質問は、僕が就職活動に忙しくて「充実」した顔をしているときに、高校来の親友が僕にした質問が元になってる。この質問で、僕はハッとなったのを覚えている。「こんなん充実でも何でも無ぇな」と思った。

 僕は、「とりあえずアニメを見まくりたいです」と答えたと思う。その瞬間、金融や商社にエントリーシートを出してるのが馬鹿らしくなった。

 

 

 

 

ふたつめの質問

 

つぎに、ふたつめの質問。

  • いちばん「自分って多少イケてるかも」と思える場面はどんな場面?

 

 

 注意としては、「他人が見て、自分がイケてる」じゃなくて「自分にとって、自分ってイケてる」と思う場面であること。他人が見て自分がイケてるところなんて、人に聞くのも恥ずかしいし、そもそも僕は友達が少ない

 回答としては、人によっては「良い構図の写真が撮れたと思ったとき」とか「友人の悩みを聞いてあげてるとき」とか「なかなか接点がない異分野のひとと交流できたとき」とか「プラモ作ってるとき」とかになるのかもしれない。

 ひたすら自分にとって自分がイケてるかもしんないと思える場面を想像してくれればいい。そして、余裕があれば「なんでだろう?」とか「それじゃないとイケないのだろうか?」とか考えてみればいい。

 この質問は、僕が一番最初にバイトでお世話になった会社を退職するときに、ボスが僕にした「おちあいくんが『自分ってパワフルだな』と思う瞬間ってどんな瞬間?」という質問が元になっている。そのとき僕は「面白いと思うものをひたすら作ってるときですかね」と答えたと思うけど、何度も掘り下げるうちに、どうやらそうじゃないのかもしれないと最近思ってる。(けど、その話は秘密だ)

 

 

 

 

みっつめの質問

みっつめの質問が最も重要な質問。

これはちょっと準備が必要なうえに「質問」とは言い難い形式なのだけど。

まず、

  • 自分の「所属」を思いつく限り列挙してほしい

僕の場合(当時)は、

大学、学部、学科、部活、出身高校、出身中学、出身小学校、幼稚園、東京生まれ、京都府民、京都市民、アルバイト先その1、アルバイト先その2、名字(○○家)、の次男、部活コーチ経験、大学留年中、日本人、塾長とかとか。

 

準備はここまで。で、本題。

 

  • 出来る限りその全てを「辞めて」みて、どう感じるか

ほんとうは実際に「辞める」のが望ましいが、そうもいかないと思うので、「頭の中で」「思考実験的に」「辞めて」みてほしい。

 

 

 

 

  全部辞めてみて、どう感じただろうか?大学も辞めます。出身高校以下経歴も辞めます。住んでるところも辞めます。○○家も辞めます絶縁です。バイトも辞めます。仕事も辞めます。次男も辞めます。

 

 

それでなお、「その就活」をやるだろうか?

 

 

 当時やっていた「就職活動」が、驚くほど多くの「しがらみ」によって方向付けられていたものだと知って、僕は愕然とした覚えがある。

 

 

 

 

どうしてこうなった

 これらの質問のおかげで僕は「あれ?このまま就活したら、ストレス溜まる道に進むだけじゃね?ウケルww」という気持ちになるようになった。これらの質問に出会えてよかったと思う。

 

 巷でよく見かける「やりたいことを見つける自己分析チャート!」では、有名なメソッドがある。やりたいこと、できること、すべきことでベン図作るやつ。

 で、図中の矢印で示された範囲のことができたら幸せねー、ってやつ。

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でも、僕たちの人生はこんな簡潔に表せない。

 

 

てか、実際の体感としては、こうなってる。

 

 

 

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ということは、これに従うなら、僕たちが狙う領域はここになる。

 

 

 

 

 

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...

 

... 

 

... orz 狭いよwww

 

見つからねーよwwww

 

 

 

だからこそ、上の三つの質問を考えたのが良かったのかもしれない。

  • 「人生でやりたいこと」なんてぼんやりしすぎだから、「今やりたいこと」にしてみる( → 精神と時の部屋質問 )
  • 「客観的にできること」なんて存在しないから、「自分的にイケてること」にしてみる( → 自分イケてる質問 )
  • 「やるべきこと」なんて多すぎて途方も無いから、ためしに「辞めて」みる( → ぜんぶ辞めてみる質問 )

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まあちょっとまとまらないけど、これでいいや。書くの疲れたし。前回のエントリで図を使ったらウケたのでもういちど無理矢理使ってみたんだ。疲れる。

ということで、就活がんばってくれ。

ちなみにこのベン図の使い方は「現状分析」じゃなくて、本当は「今後の成長方針」とかそういう感じにつかうんだけどね。テヘペロ

 

雑感

 就活中に悩んでいたこと、考えていたことを、就職して悩まなくなる・考えなくなるのは間違ってると思う。選択は往々にして間違うものだ。自分がどうあるべきかは常に問われるべきだ。迷うことは、「シュウカツセイ」の特権ではない。今後も覚えておきたいのは、一度就職してしまうと「これで良かったのか??」と問う機会は激減する。その代わり「この選択は間違ってなかったのだ」と自分に言い聞かせる機会が激増する。そうやって気づかぬうちに選択を狭め、サンクコストを積み立てて、自由じゃなくなっていくのかもしれぬな。

 僕は意思が弱くて頑張れないひとなので、気をつけたい。

 だからこのまとめは、すでに社会人である僕のためのものなのだ。

 後進は未来から来た教師であり、青かったときの自分は最良のメンターだと、僕は思っている。

 

 

WETな備忘録として