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WETな備忘録

できなかったときの自分を忘れないように

組織なんて不要だ(と言ったら叱られた)

今朝、これを読みました。

Can-Do vs. Can't-Do Culture - 未来のいつか/hyoshiokの日記

文中の言葉を借りれば

As a venture capitalist, people often ask me why big companies have trouble innovating while small companies seem to be able to do it so easily.
なんで、小さい会社がいとも簡単にイノベーションしているのに大きな会社はそれができないのか。

because they need a whole hierarchy of people to agree that a new idea is good in order to pursue it.
なぜなら、それを遂行するために新しいアイデアがよいということを全ての階層の人々に同意してもらう必要があるからだ。

これを課題として見るか、そうではないか

 この現象は、以下の二つのうちのどちらに分類されるであろうか。

  1. 重大な問題ではあるが、解決出来ない現象なので、解決を模索するに値しない
  2. 重大な問題であり、経営・管理上解決できる問題なので、解決すべきである

僕はゆとりなので、2だと思っている。

前述のブログでは

この問題に対して、2のスタンスを取りつつ、以下のような解決を提示している

クリエイティブな大会社(AmazonやGoogle)はそのイノベーターによって経営されている。 それがCan Do Cultureである。

 経営判断を任される者自身がイノベーターであるので、先の引用のように「全ての階層の人々に同意してもらう必要」が無い、もしくは「全ての階層の人々に同意してもらう」ことが比較的簡単な文化がそこにはある、それがつまり"Can Do Culture"ということなのだろう。

しかしながら

 このような文化の醸成が無い、一般的な大きな会社にいると、僕の中では下記のジレンマが発生する。

  • イノベーションほっすぃ┌(┌ ^p^)┐
  • 自分の手でも作りたい ┌(┌ ^p^)┐

vs

  1. 経営・管理上の提案は職務範囲の逸脱であり、直近求められている価値ではない
  2. 職務範囲内でのアイデアの提案も、やはり「説得・説明」コストが発生する
  3. 幸運にもプロジェクト発足となっても、もし失敗した場合の責任を負えない

ゆとり

 上司や、かつての先輩やOBにこの話を打ち明けると、2と3について以下のように諭されることが多い。

  • 「2は、そもそも君のドライブ力が足らない気がするよ」
  • 「3は、君の考え過ぎだよ。会社はそんなにモロくない」

ゆとりなので

 自分に都合のよい思考をします

  • そもそも経営・管理上解決できる問題のはずだ
  • 自分のドライブ力不足、という属人性は仕組みで解決できるはずだ
  • 失敗した場合の危険は自分だけにのしかかってくれば責任背負える

Don’t hate, create.

 アレ?これ自分でやった方が誰も不幸にしないんじゃね?ってことになる。

 せいぜい、不幸になるのは自分だけで止められる。

 無いものは、ねだる前につくる。

 組織や、その仕組みも、同様なのでは。

無いものは、つくる。

Don’t hate, create.
これは言うのは簡単だが行うのは難しい。自戒をこめて。

と前述のブログにも書いてあった。

無いものは、つくる。要求も主張もしない。

という人間を目指したいと、2014年の僕は思っている。

叔母に叱られた

 という話を正月の親戚が集まる席で叔母にしたら、特に「 3. 幸運にもプロジェクト発足となっても、もし失敗した場合の責任を負えない」という部分とそれに対応する「失敗した場合の危険は自分だけにのしかかってくれば責任背負える」という僕の主張について、こっぴどく叱られた。

「何様のつもりだ。成功も失敗も共有するのがチームだろ」

要点はそういうことだったと思う。

そういえば昔

 僕が「ディレクターかエンジニアか」という岐路に立っていたとき、僕は当時のボスに「人を巻き込んで不幸にした経験がある。誰も巻き込みたくない。一人で何かを生み出せるようになりたいから、エンジニアを選びたい」と伝えた。

 そうしたらそのボスは古い詩の引用を僕に教えてくれた。

「唯一の武器、汝を傷つけた槍のみが、傷を癒すことが出来る」
ワーグナー - パルジファル第3幕より

あれから

 あのボスの引用から早2年、槍傷からは実に5年か。

 今年は、無いものはつくり要求も主張もしない正しく孤独な人間になる年か、それとも、いよいよあの槍を手に取る年か、はたまた、その両方か...

 迷走は続く