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WETな備忘録

できなかったときの自分を忘れないように

ドイツでプログラマとして働いて半年がたちました。

夏休みの宿題

と、いうやつを8月末に書こうと思ってたらもう12月がすぐそこまで来ている。

人生設計とか考えるのがしゃらくさくなり、と言えば格好はいいんですが、何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安と向き合うことに疲れて、ビールとソーセージが好きだという理由だけでドイツに行きたい、というか行くことに決めたのが昨年の11月くらい*1で、そのときは前も後ろも何も決まってない状態だったので、いそいで準備とかしたのでいろんな人に迷惑をかけてしまったかなあと思いつつ、深く感謝はせども、反省はしていません。いつも本当にありがとう。

こういう無茶な生き方をするために心技体マッチョなものを身につけたはずなのであって、せっかくなので無茶な生き方しないともったいない。

所詮地球でした

ドイツに来て即、ボーフムというサッカーしか無えみたいな田舎街に単身で顧客に常駐して、スイスのクライアントの2次請けみたいなことをしたんですが、まず感じたのは「ドイツも所詮地球なんだなあ」ということだった。当たり前だけど空は青くて、空気が悪いところと良いところがあって、仕事はたいへんなことがあったり暇な時期があったり、金曜にはビールを飲んだり飲みつぶれたり、街行くひとは皆自分の人生を歩いており、本質からすると何ら日本と変わらんなという気持ちです。ヒコーキだって乗り継ぎふくめて24時間もあれば行けるし、なにも片道3年かかりますという距離でもなく、インターネッツがあれば何も変わった様子なくツイッターで下品な日本語を垂れ流し続けることも可能で。

ただ、所詮は地球なんだけど、コミケが遠いのはつらい。あと、『君の名は。』観たい。

結論としては、やっぱり日本最高だと思う。

ヨーロッパの働き方

「ドイツ語で働いてるの?」とよく聞かれるんですが、ドイツ語はイッヒリーベディッヒぐらいしか知らなくて、おもに英語です。最近はドイツ語しか喋れない売店のおばちゃんにサンドイッチを頼んで「寒いっすね」ぐらいは言えるようになった。さすがに、売店のおばちゃんにイッヒリーベディッヒと言うわけにもいかない。

縁あって、アムステルダムにいるid:watildeさんやちょっといつもどこにいるかわからないid:ymotongpooさんと会ったりしたんですが、オランダ人は働かないらしいですね、奇遇ですねドイツ人もわりと働かないっす。

というか、予想通りというか、「仕事」と「自分」の間に、強く、時に無責任に、はっきりと線引きがある。ので、アホみたいにプロジェクトが炎上しているときに平気でバケーション行ったりして、あとは自分を守るために他人のせいにするのがたいへんに上手い、悪い意味じゃなくて。国土の取り合いからほぼ無縁であったニッポンとの、国民性レベルで染み付いた「外交」に対する態度のようなものに、学びが多いし、感動すら覚える。

ただ、ニッポン人の「よく言えば責任感の強さ」は、この中で働いていると、明らかに強みだよなあと思うことがある。

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ドイツくそさむい。

これからの働き方

尊敬すべきid:shiwork先輩をたずねてロンドンに行った時、ymotongpooさんとも、肉体労働の大半が機械に置き換えられ、人工知能がもっと発達して知的労働すら機械にまかせられる時代がきたら、ニンゲンの働き方はどう変わっていくかという話を、酒場の酔っ払い代表として、語った(記憶がある)。

「生きていくことができる」程度の生産活動がもはや機械によってなされる時代のことを考えると、ベーシックインカムの話になっていくのは当然の流れだと僕は思っていて、ベーシックインカムが本格的に導入されたとき、ぼくたちはなぜ働くのかという問いに(もう一度)放り出されることになると思う。

「働きたくないけど働いているひと」という層がもはや存在意義をなくして、「生産するひと」と「消費するひと」の二極化が進むんではないか、というその酒場ではそういう話になった気がする。

あのあと、ロンドンの売春宿を小一時間探し歩いて、やっと見つけたところ、たしかにブロンドだったけど、控えめに言っておばちゃんだったことをここにご報告いたします。二度と行かないと思います。

錯覚不幸

ベーシックインカム〜早く来てくれ〜たのむ〜」って週2回ぐらいのペースでつぶやいている。「ベーシックインカムさえ来てくれれば、僕はもっと社会に貢献するイノベーションにエネルギーを注げる!」と僕は信じているのである。しかし、はたして本当に「ベーシックインカム」が無いとダメなんだろうか?

考えてもみると、ベーシックインカムとかいう制度が導入されようがされまいが、僕らはたとえば江戸時代から比べれば段違いに豊かであり、戦中から比べれば超が付くほど平和だ。我々がイメージする「最低限の生存に掛かる豊かさ」というのは実はすでに社会的に獲得されているんじゃないだろうか。

つまり、いつの世も「最低限でいいから豊かになりたい」「最低限でいいから幸せになりたい」というのは、悲しいかな「もっと可処分所得が欲しい」であり「他人より豊かっぽい写真をフェースブックにアップしたい」であるので、おそらく、いくら技術が発展し人工知能が知的労働を代替しようが、広い意味でニンゲンが「強いられる労働」から解放されることはないんじゃないかな、と思ったりもする。その場合、労働を強いるのは自分自身の「錯覚不幸」なのだけれど。

「自分は比較的不幸である」という錯覚から脱却し、「自分は、まぁだいたいなにがあっても、幸せである」という事実を後ろ盾に、もっと前のめりに冒険して死にたいな、と思う今日このごろです。

今は火星に行きたいです

とはいえ、昨今、地球の左っ側でも右っ側でも、もはや「格差」という言葉で表現できない「断絶」が話題になっていますが、民主主義がその断絶を汲み取れなかったという疑いようの無い事実を鑑みるに、我らがジャパンでもそれは起きていて、もはや修復は無理なんじゃ無いかなと思ってて。だとすると、やっぱり地球外移住って現実的に見えてくるので、火星に限らず、地球外移住の事業やってる人いたら教えてください。マッチョな心技体を捧げます。

雑感

自分の口から「いつか◯◯をやりたいと思っている」という言葉が出ることが、ひどく悠長で、そんな悠長なことを言う自分が情けない。人間は、死にたいと思っているときになかなか死なず、生きたいと思っているときあっけなく死んだりするので、油断ならない。

以上が、2016年の夏休みの宿題になります。ご査収ください。(すごく遅い)

WET

30になってやっと立った感じがします

2015年の振り返りを書き留めておこうとずっと思っていたんだけど、2015年は僕にとってあまりにもたくさんの、深く核心に触れる出来事があって、それゆえに、僕にとって大きな転機となる年だったわけなのだけど、なのでなかなか言葉にするのをためらってしまい、そうこうしているうちにどうやら先日30歳になりました。

馬や鹿ですら1時間程度で立つというのに、僕はというと、自分の足で立つまでに30年もかかっちまったぜ、というきもちです。

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tl;dr, 例のリスト置いときます

なぜ僕たちの1年はこんなにも早く過ぎるのか

というタイトルの備忘録を書きました。ちょうど1年くらい前。結論からいうと、ここで立てた「決められた終わり」という仮説は、僕にどんぴしゃにハマった感じがあります。この仮説にもとづいて「よほどの事が無いかぎり、何も決まってなくても、1年後に会社を辞めよう」と人知れず心に誓い、ノートに辞める日付だけを書きました。じつは、それからの時間の方が、より多く、濃密に会社に貢献でき、自分にとってもエキサイティングな時間になったのでした。

まず、失敗を恐れることが少なくなり、挑戦することが増えました。決められた期限にやめる人間なのであるから、中長期的な自分への評価なんて気にする必要が無いからです。そんなことより、より多くのことを試し、誰よりも早く地雷を踏むことのほうが、いずれその地雷原を歩く誰かのためになるのはもちろん、自分にとっても鍛えられる機会が増えました。(もちろん、ひぃひぃ言いながら)

次に、目の前の人に伝えるべきことを伝えるようになりました。たとえば意見が異なったとき、口ごもったり胸にしまったりするのではなく、決められた期限に去る人間なのであるから、きっと今日伝えないとその人には伝えるチャンスが無い、と思って、積極的に伝えるようにしました。あとやっぱり今日伝えておかなきゃいけないのは、感謝の気持ちなんだろなと思う。人との別れはいつも突然に来る、っていうのも去年書いた。言えなかったありがとうほどつらいものはない。

最後に、自分が何を得るかではなく、そこに何が生まれるかにこだわるようになりました。いずれその場を去る人間にとって、その人自身が何を得るかは瑣末なことだからです。自分がどんな仕事をしており、それについてどんな良い評価を得ているとかっていうのは、そこを去れば無価値です。そんなくだらないことより、そこに生まれるソフトウェアが素晴らしいものであること、そこで働いている人たちが心身ともに健康に生きていけることのほうが大事なんですわ。っていうのは先月書いた。

こうして、「決められた終わり」を決めることで、僕の2015年は明らかに濃密で、けっして「今年も早かったなあ...」という感じの1年ではないものになりました。

容赦なく、漫然と、流れていくものが、形や色や質量を持つのであれば、そのときはじめてその時間は人生と呼べるのかもしれないなと今では感じます。

Memento mori,

仕事において別れや終わりを定義するものは、もちろん、仕事をやめることだと思う。あるいはプロジェクトで区切りがつけれる人もいるかもしれない。かつて我々が高校生だったとき、あれを人生たらしめていたのは、卒業という終わりなのではないかと僕は思う。

では、学校や仕事を離れた1個の存在として、この時間を人生たらしめるものは何なのだろうかなぁと、このとき僕は考えを巡らせていました、あれは雨が降った11月のはじめでした。

大好きな声優さんが死んだ。昼頃、訃報を知り、その日はもう仕事が手につかなかったのを生々しく覚えています。

まあ上手く言えないんですが、あんなに多くの人に愛され、多くの人を励まし、生き生きと生きていた人が、こんなにも無情に、唐突に、まるで手品のようにこの世から消えるさまを突きつけられた僕は、まあ上手く言えないんですけど、彼女の「人生」に(言い方悪いんだけど)深く「感動」しているのに気付くとともに、僕が今「必死に漫然を消費していること」が、決して彼女にとっての冒涜とかそういう無粋で陳腐な意味ではなく、あくまで自分にとって無意味で、あまりにも阿呆な行為に感じられたのでした。

「死のみが、人を生かす」そんな気がしています。

Carpe diem.

ずっと他人と自分を比べて一喜一憂して生きてきました。未来への漠然とした不安に駆られて、もがくように自己投資をしてきました。勉強をしなければ生き抜けないし、自己投資を続ければいつかはきっと自己投資しなかった奴らに差をつけられると信じてきました。

そうして僕はどんどん大人になり、漫然というレールを這い進んで、必死で幸せの順番待ちをしていました。

人は必ず死にますが、死は順番を守ってはくれません。2015年に彼らが見せた死は、そういう死でした。

いつかのために生きるのはやめよう、自分の責任で自分の人生を今日からはじめよう。他人の墨で良い結末をなぞるのはやめて、自分の血で最高の序章を書きはじめればいい。彼らの死を見て僕は突き動かされ、か細い足で立ちました。

30になってやっと立った感じがするというのは、比喩ではなく、自分の足で立つということを僕はあまりにも知らなかったんだなあという、驚きと恥ずかしさと、感謝と後悔の気持ちです。

雑感

そんなこんなで、来月からドイツで働きます。あと、夢と呼んでよさそうなものがぼんやりと見え始めたっぽいです。いささか急で挨拶とかアレだったので、帰ったら酒でも飲みに行こうよ。

現場からは以上です。

WETな備忘録として

他人と自分を比べないこと

今にいたるまでずっと、他人と自分を比べて、そして自分が優れていたときの優越感と、自分が劣っていたときの劣等感を、そういう臆病な自尊心を、原動力に生きてきたように思う。

しかし今は、少しずつだが、他人と自分を比べない方法を見つけつつある気がする。

自分の原動力が自尊心であることに気づき始めたのは2年前の夏だったようだ。 まさにこの数日後、僕は当時所属していた会社から、今の会社に転職することになる。社員数は、1500人から、15人になり、エンジニアは5人に満たなかった。

win as a team, win as a result

プログラミングに触れてからまだ3年経っていなかった僕は、スタートアップのエンジニアである彼らの高い技術力についていくのに必死だったし、居場所を自覚するために業務にいち早く貢献したかった。

そういうとき、自分の評価を気にするあまり能力を偽って(強がって?)大きく見せることは、全くこれに寄与しないということに気づいた。まだ安定していない、軌道にも乗っていない組織において、「自分の評価が良いこと」なんてそもそも屁の役にも立たない。文字通り、本末転倒である。

わからないときは、1分1秒を惜しんで聞いた方が早いし、設計に悩んだときはさっさと相談したほうがいい。オペレーションでつまづいたのなら、そのつまづいた記録が無いとあとからのサポートがまごつく。自分が如何に「無能」と認識されようと、何より大事なのは、今つくっているソフトウェアがより早くより良く稼働することである。

「お前は有能だったが、プロジェクトは頓挫した」は、チームワークにおいて意味は無い。「お前は無能を晒したが、プロジェクトは成功した」でいいのだ。それでいいのだ。それがいいのだ。

劣っているなら劣っているなりに最大限貢献できる道を必死で探したのだった。 自分のできる限りのことを、できる限りする。たとえそれによって「自分の比較的無能」を晒そうが、チームが勝つことだけが、自分にとっての成功なのだから。

僕はマクドナルドが好きだ

そういうことを考え始めてからしばらくして、自分の評価ではなく、そこに生まれるものが、良いものであるようにとだけ切に願うとき、「無能を晒す」ということが有効に働く場面があることに気づいた。

ひとつは、場の発言のハードルを下げ、率直な意見交換を促す場面だ。

マクドナルド理論」というのは、「メンバーのアイデアを引き出すため、最悪のアイデアを真っ先に出す」というものである。人は多くの場合「最良の発言」をしようとしてしまい、結局何も言い出せなかったり、不本意に他人に同調してしまったりする。しかし、「若干ましな発言」は容易であり、実際のところそれがその人の「最良の発言」であることは少なくない。したがって、誰かが最初に「糞な発言」をすることは、無能の称号を得ることになるが、チームのアウトプットは最大になることが多い。

もうひとつは、有害な暗黙知を排除する場面だ。

すでに稼働しているコミュニティの、暗黙となっている「常識」にキャッチアップするのは、意外と骨の折れる仕事であり、無知を晒すのは自尊心を傷つける仕事でもある。そうして、公衆の面前ではしばしば「理解しているように」振る舞ってしまう。これが積み重なると、暗黙知の非共有による重大な事故につながりかねない。さらに都合が悪いのは、「知る者は、知らざる者が何を知らないかを、知りようがない」ということだ。したがって、必然的に「知らざる者」による自発的質問が必要になる。これを実現するためには、誰かが最初に「糞な質問」をしておくことで、無能の称号を得ることになるが、他の「知らざる者」の自尊心を守る結果につながることが稀にある。

もし僕がこれらの仮説を確からしいと信じていて、誰もそれをしないのであれば、その誰かは別に僕であっていい。それによって無能の称号を得ようと、そこに生まれるものがより良いものになるのでさえあれば、それは僕の信じた本望なのではないだろうか。

1人くらい、僕みたいのがいてもいい

というような考え方が僕にとってあったのと同様に、きっと人にはそれぞれ所属するコミュニティ、おそらくは会社なんだろうけど、に貢献するそれぞれの方法があるのだと思います。

自分のできる限りのことを、できる限りする。競わず、比べず、できる限りの全力を以って、自己研鑽をし、そうやって醸成された個性をこそ発揮すればいい。そういうような、千差万別の貢献があってこそ、チームは成果を出せるのであって、そこになにか単一評価軸があって優劣が決まるような話ではないんじゃないかな、と。

なのだから、自分と比べて優れている()ひとが視野に入ってしまって、今までであれば劣等感を感じる場合でも、なんというか、世界にはひとりくらい僕みたいなひとがいたほうがいいんだわ、と思えるようになった、気がする。

_人人人人人人人_
> 気がするだけな <
 ̄^ Y ^ Y ^ Y ^ Y ^  ̄

雑感

人との比較をしないようにするのは、とても難しいことで、今でもその呪縛から脱出しようと頑張っている。だけど、そのひとつのヒントが

「自分の評価ではなく、そこに生まれるものが良いものであるようにとだけ、切に願う」

という考え方なのではないかと思ってる。

そういう考え方ができるようになったのは、今の会社のおかげであるところが大きい。

深く深く感謝。

WETな備忘録として

幸せについて最近考えたこと

地球上の人間が「幸せ」と言うとき、実は二通りしかなくて

  • 隣人よりも幸せである
  • もっと幸せになれる

じゃないかな、と思う。したがって多くのひとは「自分が幸せだ」とは思っておらず、もっと、隣人より、と望み続けている。

嫉妬

 最近地球上で起きている「戦い」は、基本的には「隣人より幸せになりたい」、あるいは「隣人より幸せではないことを知った」ことにより起きているんではないかなと思う。地球上で「隣人」と幸せの比べっこを可能にしたのは、よく言われるように、インターネットではないだろうか。インターネットのおかげで、世界は狭くなった。前世紀なら知りえなかった「隣人」が、パソコンの中でワンクリックで覗けるようになった。彼らが何を食べ、何に笑い、何に悲しむ生活をしているか、簡単に知れる。皮肉なことにインターネット(とそのメディアとしての自己顕示欲との相性のよさ)は、世界をオープンにしたが、フレンドリーにはできなかった。世界をオープンにした結果、人々はワンクリックで、妬みや嫉みを量産できるようになった。

 幸せとは「隣人より幸せ」を意味するのであれば、地球上に仮に「完璧な平等」が実現したとしても、それは「全員の幸せ」の実現にはなりえない。地球上の「幸せ」の総和を最大にするためには、常に地球上の誰かは「不幸せ」でなければならないのである。これは仮説ではあるけれど、でも、わりと洒落にならない真実のような気がしている。

枯渇

 しかし僕らは、隣人より幸せでなくても、幸せであると感じる瞬間があるんじゃないかとも思う。「もっと幸せになれる」と信じているときだ。隣人より不味い飯を食っても、毎日しんどくても、もっと幸せになれるという希望があるなら、頑張れて、頑張れるというのは汗を流すように「幸福感」のある瞬間ではなかろうか。個人的な性癖なのかも。

 宗教問題や、南北問題など、地球上に「完璧な平等」が実現されるのはまだまだずっと先の話だとは思う。だけど、もしそれが実現してしまったら、その日から僕らは何をして幸せを感じればいいんだろうか。隣人から財産を奪うしかないというのだろうか。地球文明が宗教問題も南北問題も乗り越えたとすれば、きっと地球の資源は開発・発明・管理されきっており、僕たち(まあ俺は死んでるだろうけど)は「もっと幸せになれる」という希望は持てないだろう。

 すくなくとも、地球上ではな。

希望

 地球上に「幸せを生む格差」が消滅し、「もっと幸せになれる目算」が無くなったとき、隣人を殺す以外の希望を、僕たちは後世に残さねばならない、と最近強く考える。きっとそういう世界が訪れるのは、僕が死んでからかなり経ってからのことだろうけれど、今始めないと間に合わないこともあるんではないか?穴の空いた船の水かきだけをし続けていては、全員沈むしかないんではないか?

来る日の地球上の人間が「幸せ」を考えるとき、実は二通りしかなくて

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自分の「幸せ」

生きる以上は僕も「幸せ」でありたい。そう思ったとき、僕自身も、何かに希望を持って、僕やその子孫が「もっと幸せになれる」世界を残したいなと思うようになった。そういうもののために生きて、道半ばであっても、1区間でもいい、バトンを受け取り、次に渡すような仕事をして死んでいければ、意外と本望なのではないかな、と。

意外と、そういうのが僕の幸せなのかもしれないな、と考えるようになりました。

(ぜひ合わせて読んでほしいやつ→地球葬送曲 〜人類はガイアの癌か〜 - WETな備忘録)

WETな備忘録として

【追悼】いのち短し、恋せよ乙女

なぜだかわからないが、その日は雨が降るなんてこれっぽっちも考えてなかったので、朝起きてえらく驚いた。強めの雨が静かに、あれはさめざめと、降っていたのだった。

その人の訃報を聞いたのは、昼過ぎだった。入院したとは聞いていたが、つい最近まで元気に仕事をしていたように思う。僕たちにとっては突然すぎる別れだ。

当然のようにまた「いつかは」の冗談を飛ばし、その「いつかは」がきっと成就するものだと僕たちはあたりまえに思っていた。

その「いつかは」の結末を僕たちに見せずに、彼女は逝った。多くの人を楽しませ、元気づけ、多くの人に愛された人の未来がこんなにも容赦無く取り上げられてしまう理不尽に、文字通り遣る瀬の無い思いがただただ溜まっていく。

死は誰にも平等に理不尽で、平等に唐突なのだと、改めて知った。だが、だとしても、これはあまりにもあまりにもつらい死だ。赤の他人の死がこんなにつらいとは思っていなかった。

何が「ありがとうございました」だ。「ありがとう」と言いたかったのはこっちの方だ。しかしそれはもう届かない。

夕方には雨はすっかり止んで、街は火曜日へ備えていた。世界はそのように進んでいく。

僕は、傘をさして帰ろう。


いのち短し 恋せよ乙女
あかき唇 あせぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日は ないものを

たとえ余命1年でも、火星にリンゴの木を植える

連休の初日、土曜日の朝、僕は肉離れをした。とても痛い。まともな肉離れは、瞬間「バチッ」とか「バキッ」っていう音がするんですよ。

珈琲屋にて

「やりたいことがないのかもしれないっすね」と、その後輩は言った。常々僕は、「やりたいことをやればよい」とか「君のやりたいことは何なの?」とかはなるべく言わないように心がけている。なぜなら、僕たちはみんな、やりたいことなんてそもそも無い。

それでも、何か大きな決断をするとき、どうしても「自分のやりたいこと」を問い直す必要があることがある。直近で、かつみんな経験してそうなのが、就活だったりするわけだけれど。「自分のやりたいこと」をどう探せばいいのだろうか、というのは僕もずっと考えているものの、決定的な答えは未だに無い。

もし、2000億円あったら

「2000億円あったら、どうします?」と、先輩に聞いてみた。土曜の昼、すごい久しぶりに会う面子で、冒頭の後輩も一緒に、僕たちは珈琲を飲んでいた。「とりあえず会社は辞めるやろなぁ」という回答が返ってきた。まっとうな答えだ。「2000億円あったら会社を辞める」というのは至極まっとうではあるものの「仕事は生計を立てるための手段でしかない」という証左でもある。たぶん、先輩にしても、きっと2000億円もらっても明日会社を辞めるということはないだろうし、きっと、しばらくは自分の意志で、会社を辞めないと思う。なぜなら、仕事とは生計を立てるための手段だけではなく、他者との関係性や、社会的尊厳、承認などを得るための手段という側面も持ち合わせているからだ。

僕たちが思う以上に「働く」ということは、僕たちにとって多面的な活動なのだ。

働き、金を得ることは、それは少なくとも自分が誰かの役に立っている証であり、自分は生きててもよいという許しでもある。

明日、2000億円手にしても、きっと僕たちは「(広義の)働くこと」はやめられないだろう。

もし、余命1年だったら

「じゃあさ、明日『あなたは余命1年です』って宣告されたら、どうする?」と、冒頭の後輩に聞いてみた。彼は童顔なのにもかかわらず、似合わないタバコを吸っていた。「まあ会社は辞めますね、明日辞めます」と彼は答えた。「辞めてどうするの?それがお前のやりたいことなのでは?」と僕は返した。「でも1年なんですよね?1年でできることって言ったら、たいしたこと出来ないっすよね」と言われた。なるほど、たしかにそうだ。

「僕たちはなぜ働くか」を考えるにあたって大いに便利なのがマズローの欲求段階説ではあるんだけど、イマイチ、他人に説明するときに良い日本語が思いつかない。自己実現欲求ってなんじゃらほい、ってなる。最近僕はこれを「どう死ぬか」と説明するのがマイブームだ。「自己実現」とは、「どういう死を迎えるか」「人生を小説に例えたとき、どんな『終章』を書くか」という感覚に近いんじゃないかな、と思っている。

「もし、余命1年と宣告されたら」という質問は、あなたを強制的に『終章』の書き始めへ移動させる。そうしてはじめて、僕たちは自分の物語にたいしてページが残されていないことに気づく。

そして、自分の物語の終章に、他人の物語を書きたいひとは、あまりいない。だから会社を辞めるのだろう。

しかしながら、僕は本当に、終章の最後に全ての伏線が回収され、全ての結末が出ている物語を求めているのだろうか?たしかに「1年ではたいしたことはできない」というのは正しいが、じゃあ2年だったらどうか、3年だったらどうなのか、5年、10年だったらどうだろうか?

自分に残された時間がn年であることと、今自分の物語を書き始めないこととは、実は関係が無い。30年かからないと大成しない目標の、その1年目を、今日、書き始めればいいだけのことではないだろうか、そして、運良く生きていれば、その続きを書けばいいのではないだろうか。

さらに大事なことは、その「30年かからないと大成しない目標」というのは、登場人物は僕だけではないだろうということだ。1人では成し遂げられないのであれば、誰かと一緒に生きた『終章』の1年目を、今日、書きはじめればいいと思った。

一緒に成し遂げたい目標が共有できる仲間がいれば、明日、余命1年と宣告されても、きっと僕は「(広義の)働くこと」はやめられないだろう。

(余談だが、僕が今働いてる会社は、とても良い会社で、たぶん余命1年だっても出勤するわ。なお、エンジニア募集中です)

2000億円・オア・ダイ

つい数日前にも書いたけど僕にとって今年1年は、とても「死に恵まれた」1年だったと思う。「死を思うこと」は「よく生きること」のために絶対必要なものなんじゃないか、と、やっぱり死んでいく人が遺していったものを見たり読んだり聞いたりして強く感じる。「必ず死ぬ」と書いて「必死」なんだから、必死に生きるのが本来普通なのかもしれないっすね。

「よくよく考えてみれば...」先輩が言った。

「明日、2000億円手に入れる確率よりも、明日、余命1年宣告される確率の方が、ぶっちゃけリアルに高いやんな」

これには、僕は笑ってしまった。その通りだ。おっしゃる通りで笑った。可笑しくて、みんな笑うよりほかなかった。

久しぶりに集まったギリギリ20代の談話会は、昼過ぎに終わった。後輩とカレーを食って帰った。

帰り道、電車の中でまた思い出したが、そのときは笑えなかった。

肉離れはズキズキと痛かった。

WETな備忘録として

「困っていること」の共有数を評価すればプロジェクトの炎上はなくなるのではないだろうか

こういうの見た

プロジェクトの炎上とは

// あとで書く

なぜプロジェクトは炎上するのか

// あとで書く

炎上要因はなぜなくせないのか

// あとで書く

無能を晒すこと

// あとで書く

// NOT 困っていたこと

// BUT 困っていること

まとめ

// あとで書く