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WETな備忘録

できなかったときの自分を忘れないように

転職して、変わったもの、そして変わらなかったもの

これは、光 Advent Calendar 2014の8日目のエントリです。

転職をして2ヶ月がたちました

残り少ない20代をどう過ごすべきかと思い悩みはじめたら、猛烈な勢いで頭髪の生え際が後退したので、これはヤバいと思い転職をしたのが、ちょうど2ヶ月前になります。

もしかしたら僕以外にも、僕と同じような悩みを持っていて、人知れず禿げている人がいるかもしれません。このエントリでは、僕が転職の前に抱いていた幻想と、転職後に感じた現実、その差に何を思ったかを記録することで、そんな人たちの一助となればと願いながら書いています。

なぜ転職したいと思い始めたか

web系のエンジニアである以上、転職とは無縁ではないと思ってはいたものの、具体的に転職を考えはじめたの理由は、大きく分けて以下の3つの疑問もとい不満を抱いたからだと、当時は理解していました。

1. 自分のためになっているか

1つめは「この仕事をすることが自分自身にためになっているか」でした。「24時間のうち仕事に費やす時間が自己投資になっているか」と言い換えることもできます。

当時の僕にとって、当時の職場は「自分のためになっている時間」ではありませんでした。

  • 限られた業務範囲
  • 誰も目を合わせようとしない過去の遺産
  • 上流の事情でabortされるコミット

他にもいろいろな理由から、職場で過ごす8時間は、自分の時間を切り売りして換金する時間に過ぎず、それ以上のレバレッジがないように感じていました。いわゆる「若いうちは自己投資」という概念に触れる折、今のうちにもっとハッスルして仕事せねばならないのではないか、などの焦燥が頭をもたげるのを感じました。

2. 身近な人のためになっているか

当時僕は5人ほどのチームに属していましたが、プロジェクトとしてはほぼひとりで進行していました。さらに、そのプロジェクトは成果が数字ですぐ現れるようなタイプの仕事ではありませんでした。

ささいなことでも他人に認められたり感謝されたりすることが無いと、人はどんどん自信を無くしていくと思います。その期間が長いとさらに自己肯定感を喪失し「自分がこの場所にいてもよいのだ」と思えなくなります。いわゆる「居場所をなくす」ということです。

自分の居場所を確保するほどにも、僕は当時、僕が身近なチームメンバーに貢献できているかどうか自信を無くしていました。

(余談ですがこの時はじめて、かつて僕自身が、他人の居場所を奪う仕事をしていたことに気付き、彼らが去っていった理由を悟るとともに、胸が引き裂かれる想いでした)

3. 世の中のためなっているか

最後に、自分の仕事が、自分でも身の回りでもない人たち、つまりは世の中のためになっているか、です。

僕が従事していた事業はある程度収益を上げていたので、確かに市場から必要とされていたのだとは思います。しかしながら、望みがある人のための希望に、苦しみがある人のための救いになっていたかというと、甚だ疑問でした。むしろ、世の中に苦しみを増やしているのではないか、麻薬のように、とすら思っていました。

そんなことは全て嘘だ

上記の3つの疑問もとい不満を解消すべく仕事を探しました。いくつかの問題は解消され、あたらしい職場はとてもエキサイティングです。 一方で、僕が「転職」に対して抱いていたいくつかの期待は幻想であったということも知りました。

転職しても、頭をもたげる焦燥は何も解消されない

たしかに、技術要素は比べ物にならないくらい多く、責任も自分ひとりで負う(ほんらい全てそういうものなのだけど)形の仕事が増え、刻一刻と自分のすべきことは多く、仕事の8時間が自己投資に相当する割合は増えた。

しかしながら、それが「自分はこのままでいいのか」という焦燥を解消するものではなかったということに、転職してはじめて気づいた。というのも、「自分はこのままではいいのか」という疑問に対して分かりきった答えであるところの「自分はこのままではいけない」という結論に達した後すべきことは、特に環境に依存していなく、今の環境のまま何かしら対策ができるのだと知った。

いくら環境のせいにしつつも、自分自身を救うのは自分の自分による学習でしかないのだ。

チームに貢献などそもそもできない

「目に見える範囲の誰かに貢献できているだろうか」などと悩む暇などそもそも無いのである。仮に「周囲の誰かのためになっていない」と感じても「周囲の誰かのためになっている」と感じても、すべきことはただ一つで、結局はその場に生まれるソフトウェアがより良いものであるという一点でなのだ。もっと僕なりの言葉を使うなら、

きっと僕が気にするべきは「僕がいかにチームに貢献しているか」ではなく、「チームがいかにいいものを作るか」という点のみだったのだと思う。だけど今までの僕は「僕がいかにチームに貢献しているか」しか興味が無かったのだ。

転職しても、世のため人のためになるか否かは、巡り合わせでしかない

今の事業が世のため人のためになっているか否かは、結局従事者の主観によるところが多く、世のため人のためになっているか否かを判断するときは「その時の」そのひとでしかない。選ぶ段階で「世の中のためにならない」と思っていても、仕事を続けるうえで「こういう人の役にはたっているかもしれない」という解釈は後からできるかもしれない。

結局は

「プログラムは思った通りに動かないが、書いたように動く」というプログラマの格言がありますが、僕はこれがけっこう好きです。

これにならって、「人生は思った通りに進まないが、選んだ通りに進む」という事実が、ある意味、今回僕が見た光だった気がします。

後半だいぶ駆け足になりましたが、おわり

明日はya_401氏です